KY-42Cを買った。ガラケーが好きだった頃を思い出した。

KY-42Cというガラホを買いました。日本通信SIMを入れて、待受画面をアビ蔵にして、道明寺のストラップもつけました。昔のケータイとは違うけれど、開いてみると、どこか懐かしいんです。
🐾 この子がいる未来を、否定しない人と。
結婚してから「動物はちょっと…」と言われたくない人へ。
最初から“好き”が揃っている出会いも、あるそうです。
登録は無料。まずはのぞいてみる、くらいでもいいのかもしれません。
Contents
KY-42Cを買った
いわゆるガラホです。
スマートフォンではなく、数字のボタンが並んでいて、電話が終わったらパタンと閉じる。
いまできることを比べれば、スマートフォンのほうがずっと多いです。
画面も大きいし、アプリも簡単に入るし、写真だってきれいに撮れる。
それでも、折りたたみの携帯電話が欲しくなったんですよね。
便利さとは別のところに、好きなものが残っている。
そういうことも、あるんだと思います。
ガラケーが好きなんですよね
携帯電話を開く動作も好きです。
電話をかけて、用事が終わったら閉じる。
パタン。
そこで、ひとつのことが終わる。
スマートフォンにも通話終了のボタンはあるけれど、電話そのものを閉じる感じとは、少し違います。
ポケットの中で勝手に画面が点灯することもない。
閉じてしまえば、ただの小さな道具になる。
ま、ときどき何かを知らせてはくるんですけどね。
それでも、用事のない時には静かにしている感じがします。
その距離が、昔から好きだったのかもしれません。
若い頃は、ケータイだった
携帯電話を開いて、数字のボタンを親指で押して、メールを書く。
ボタンを何度か押して、文字を選ぶ。
いま考えると、ずいぶん手間のかかることをしていました。
それでも、長いメールを書いていたんですよね。
親指だけは、ずいぶん器用だった気がします。
着信音を変えたり、待受画面を選んだり、ストラップをつけたり。
同じ機種でも、待受画面や着信音で、少しずつ違って見えました。
開いた時に見える景色が、人によって少しずつ違う。
いまよりも、携帯電話そのものを持っている感じが強かったのかもしれません。
昔のケータイみたいな顔をして、ちゃんといまのネットにつながっています。横の道明寺は、まだ少しくるみです。ケータイがネットにつながった頃
電話だったものが、ネットワークにつながる。
外にいるのに、インターネットが見られる。
パソコンの前に座っていないのに、どこかにつながっている。
それが、とても新鮮でした。
世界が変わったと思いました。
いまなら、いつでもネットにつながることが普通です。
電波が入らないと、不便だと感じるくらいです。
でも、あの頃は、つながること自体が新しかった。
小さな画面に文字が表示されただけで、電話の向こう側に大きな世界があるような気がしたんですよね。
ケータイサイトという小さな世界
パソコンで見るウェブサイトとは別に、携帯電話で見るための小さなサイトがあった。
画面には文字が縦に並んでいて、数字のキーでリンクを選ぶこともありました。
画像は少なくて、表示も速くはない。
ページをひとつ開くのにも、少し待ったような気がします。
それでも、いろいろなサイトを見ていました。
着信メロディを探したり、ニュースを読んだり、掲示板を見たり。
いまのウェブサイトと比べれば、ずいぶん狭い場所です。
でも、狭い画面の向こう側は、とても広く感じられた。
小さな入口から、知らない場所へ入っていく。
インターネットは、そういうものだったんだと思います。
デジタルツーカーから始まった
最初は、デジタルツーカーでした。
それから、J-Phone。
ボーダフォンになって、ソフトバンクになった。
同じ流れの中にいたのに、名前は何度も変わりました。
名前が変わるたびに、携帯電話も少しずつ変わっていった気がします。
J-Phoneの頃には、カメラ付き携帯電話が出てきました。
携帯電話で写真を撮って、そのまま誰かに送る。
それだけでも、また世界が変わったように思いました。
世界は、携帯電話の画面の中で何度も変わったんですよね。
こちらは普通に生活していただけなのに。
そして今は、日本通信SIM
また折りたたみの携帯電話を持っています。
KY-42Cです。
ただし、中に入っているSIMはソフトバンクではありません。
格安SIMの日本通信SIMです。
デジタルツーカーから始まって、J-Phone、ボーダフォン、ソフトバンク。
ずいぶん長い道を歩いてきたような気がするのに、いまは日本通信SIMをガラホに入れている。
なんだか、おもしろいです。
ネットにもつながりました。
電話もできました。
SMSも使えます。
いまの通信網につながっているのに、手の中にある形は昔のケータイに近い。
昔に戻ったわけではありません。
昔の形を借りながら、いまのネットワークにつながっている。
その少し不思議な感じが、気に入っています。
少しだけアプリも入れた
BluetoothでAPKファイルを送り、そこからインストールしました。
ほぼ日、ドコノコ、LINE。
どれも起動して、使うことができました。
LINEは、アプリを開いている時なら通知も鳴ります。
閉じていると通知が来ないので、スマートフォンと同じようには使えません。
でも、それでいいのかもしれません。
この携帯電話を、スマートフォンの代わりにしたいわけではないんですよね。
使いたい時に開いて、少し見る。
用事が終わったら閉じる。
できることを増やしすぎないほうが、この端末には似合っているような気がします。
待受画面はアビ蔵にした
縦長の小さな画面に、妙にきれいに収まっています。
携帯電話を開く。
アビ蔵がいる。
電話をする。
終わったら閉じる。
アビ蔵も見えなくなる。
昔の携帯電話にも、待受画面がありました。
好きな写真を入れて、開くたびに見る。
スマートフォンの壁紙と同じようで、少し違う。
小さな画面だからこそ、待っている感じがするのかもしれません。
アビ蔵本人は、自分が待受画面の仕事をしているとは知らないと思います。
たぶん、知らなくていい仕事です。
待受画面になっていることも知らず、アビ蔵は、ずいぶん満足そうな顔をしています。道明寺のストラップをつけました
ガラケーには、やっぱりストラップでしょう。
道明寺です。
こちら(高松市)では、桜餅と言います。
写真を見ると、携帯電話の横に茶色いものがぶら下がっています。
これでも道明寺なんです。
ただ、色があまり道明寺らしくありません。
葉っぱも、どこまでが葉っぱなのか少し分かりにくい。
最初に見た人には、くるみだと思われました。
たしかに、くるみに見えます。
小さな揚げ物にも見えなくはない。
出来が悪い、と言ってしまえば、そうなのかもしれません。
でも、説明しないと分からないものを携帯電話につけている感じも、ちょっと好きなんですよね。
道明寺だと言い張るところまで含めて。
昔と同じで、昔とは違う
数字のボタン。
小さな画面。
待受の写真。
横で揺れるストラップ。
でも、これは昔の携帯電話ではありません。
日本通信SIMで、いまのネットワークにつながっています。
アプリも少し動きます。
アビ蔵も待っています。
懐かしいものを、そのまま取り戻したわけではないんですよね。
昔に似た形のものを、いまの生活の中で使っている。
それくらいの距離が、ちょうどいいのだと思います。
携帯電話を開く。
少し使う。
パタンと閉じる。
世界につながっていた小さな窓が、また静かになる。
その横では、道明寺が揺れています。
📶
昔のケータイに戻ったわけではなく、昔好きだったものが、いまのネットワークにつながっている。
関連情報
よくある質問(Q&A)
🐾 こういうの、持ってると案外いいんです。
こんなのもあってね。うん、あるんです。
🐾 そばに置いておきたい、ちいさな寄り道。
🐱 小さなサインを、見逃さないために。
猫は、体調の変化をぎりぎりまで隠すらしい。
だからこそ、数字で見守るという方法もあるのだとか。
留守中の様子や、トイレの変化まで記録できる仕組み。
まずは知るところからでも、いいのかもしれません。
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