🌿 ヘアピンカーブの先に、青い海。｜小豆島・三都半島で出会ったアートたち

🌊 ヘアピンカーブの先に、青い海

バス停の向こうから、クリーム色の車体がゆっくり近づいてきた。
島の空気を少し巻き上げながら、こちらへ進んでくる。

マイクロバスのドアが、プシュッと音を立てて開いた。
ダッシュボードには三都西線・神浦西行きと書かれた白いボードが置かれていた。
運転手のおじさんに「このあと、オリーブ公園に行きたいんですけど」とたずねると、
「三都半島の帰りに中央病院前で乗り換えな」と、讃岐訛りはキツイがやさしく教えてくれた。

神浦西までの道は思っていたよりも山深かった。
ぐいぐいとハンドルを切るたび、窓の外の木々がゆがんで流れる。
「頭文字D」に出てきそうな連続ヘアピンカーブ。
エンジン音が、まるでリズムを刻むように、坂を登っては下る。

バスのなかは、揺れながらも不思議と静かだった。
カーブを抜けるたびに風だけが通り抜けていく。
車体の軋む音と、タイヤが砂を噛む感触だけが残る。

窓の外、遠くに青い海がちらりと見える。
その一瞬が、なんだかご褒美みたいだった。

🎨 三都半島で出会った、“新しい見えかた”。

30分ほどで、目的地に着いた。
妻がこのアートを観たかったので、まずここから。

島の道に、青い旗がはためいていた。
「瀬戸内国際芸術祭2025」、その文字を見るだけで、少し胸が高鳴る。

矢野恵利子さんの作品『New perspective』。
タイトルのとおり、“新しい見えかた”をテーマにしている。

sd61。矢野恵利子さんの《New perspective》。
「新しい見えかた」という言葉が、風に揺れていた。

この作品は、「何かができなくなる」ことをネガティブにとらえず、
かわりに「別の何かができるようになる」という発想から生まれたという。
マンガのように構成されたキャラクターやセリフ、コマ割りの要素を分解し、
レイヤーのように重ねて再構築することで、
見る人が立つ位置や視点によって、まったく異なる世界が見えてくる。

うさぎのキャラクターが、こちらにカメラを向けている。
海と空と山が、フレームの中でゆっくりと変わっていく。

曇り空のした、うすい光の中で、
フレームの向こうの青と、海の青が、ふっと重なった。
その一瞬に、「見えかたはひとつじゃない」という
この作品の言葉が、やさしく届いた気がした。

見上げると、うさぎが笑っていた。
曇り空の向こうで、ほんの少しだけ青がのぞく。

🏠 古民家にすむ、ひとつのヤドカリ。

坂道を登っていくと、海の見える集落の中に、
古い家の軒先から巨大なヤドカリが顔を出していた。
作品名は、尾身大輔さんの『ヒトクサヤドカリ（Human Home Hermit Crab）』。

sd45。尾身大輔さんの《ヒトクサヤドカリ》。
“Human Home Hermit Crab”――その英題に、ちょっとドキリとする。

この作品は、何かのテレビ番組で見たことがあった。
たしかローカル番組だったと思うけれど、もう思い出せない。
それでずっと、実物を見てみたいと思っていたのだ。

そして、実物は想像していたよりずっと大きく、迫力があった。

古い家の軒先から、巨大なヤドカリが姿を現す。
木の温もりと、時間の重みが同居していた。

海近くに住み着くヤドカリの“殻”は、ここでは家そのものだ。
木彫でつくられた巨大なヤドカリの背には、
苔や木の枝があしらわれ、まるで島々や山の連なりのようにも見える。
家の中には、海を渡ってきた生き物や人をモチーフにした彫刻が置かれていて、
この土地の人たちが海とともに生きてきた時間が、
ひっそりと息づいている。

近づくと、節の一本一本まで丁寧に彫られている。
風にさらされた木肌が、静かに時間を語っていた。

どこかユーモラスで、ちょっと切ない。
ヤドカリは、すこし大きすぎるその家を背負いながら、
「住む」ということの不思議さを静かに語っているようだった。

青い旗が揺れていた。
ヒトクサヤドカリは、まるでこの島の守り神のように、静かにそこにいた。

🌊 ナップ・ヴィーナスと、波のあいまに立つ人たち。

海のほうへ少し歩くと、巨大な木造の構造体が見えてきた。
それは、伊東敏光さんと広島市立大学の有志による作品『ナップ・ヴィーナス（Nap Venus）』。

sd46-2。伊東敏光＋広島市立大学芸術学部有志による《ナップヴィーナス》。
名前だけで、どこか夢の中のような響きがある。

全長23メートルの横たわる身体は、解体された家屋の建材や、採石場で使われていた道具、漁具や農具など、
この島で暮らしを支えてきた“古材”で組み上げられている。
《ダイダラウルトラボウ》（sd46-1）という男性像に対して、
この作品は“女性像”として作られたという。

解体された建物の木材が、山のように積み重ねられていた。
その頂に、働く人々のシルエットが見える。

過酷な労働と引き換えに、神浦（こうのうら）のにぎわいを築いた人々。
その歴史を宿したヴィーナスの姿は、まるで労働者たちの母のように、静かに横たわっている。
風が吹くと、木材がわずかに鳴った。
それが、働いてきた人たちの息づかいのように思えた。

釣り竿を持った人が、空へ向かって糸を垂らしていた。
島の風が、その糸を少しだけ震わせる。

崩れかけた木材の間から、かすかに錆びた漁網がのぞいていた。
労働の記憶が、風とともにそこに留まっているようだった。

つづく。

よくある質問（FAQ）

こんなのもあってね。うん、あるんです。

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【合同会社桔梗企画：代表】 家族の中心にいるのは、アビシニアンの“アビ蔵”。 そのアビ蔵の『たそがれタイム』に、そっと寄り添う妻。 そして、ぼく。三人暮らし、みたいなものです。 今日もなんとなく、いい日を過ごしています。 書いているのは、猫のことだったり、 ちょっといい物のことだったり、 気がつけばおいしいものの話だったり。 なんの役にも立たない日もあります。 でも、「なんか、好きだな」って思えることを、 すこしずつ集めて、生きてるような気がしています。 最近、「nufufu.com」のドメインを取得しました。 以前までの「ぬふふ.com」の人とは別人です。

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