今は西暦2013年だ。インターネットにスマートフォンがあり、情報網は相当広がり、20世紀と比較してもかなり利便性は高くなったはずなのだが、GDPが世界第3位の筈の日本でも餓死が起きるという不自然さ。

ホームレスがいたりする問題もあるにはあるが、何故30代の高齢でも無い人が餓死することがあるのかがどうしても不気味に感じられてしまう。
少し前の戦後の高度経済成長時代→バブルなどという20世紀後半の時代の価値観であれば、30代というと結婚して家庭をもって子育てを開始した又は、し始めて数年程度の年代の頃合だろう。
しかし21世紀時点では31歳の女性が日本国内でも餓死するというのだから理解に苦しむ。報道のソースだけでは、困難な障害があったなどという印象はなくごく普通という水準な印象しかのこらないわけだが。

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日本は先進国なのか?

ここまでくると、北朝鮮などのように食糧が国に全くないとか
特定の人が独占していたりするものでもない社会において、何かが狂っているとしか感じられない部分がある。
ひとまず問題視したいのは、社会と文化に問題がある気がしてならない。

URに住んでいて餓死?

産経新聞 の2013年11月19日(火)8時55分配信の記事によると、大阪市東淀川区豊里のUR都市機構新豊里団地で妹が死んでいると110番通報があったとのこと。
冷蔵庫などに一切の食べ物がなく餓死の可能性があると伝えている。
この事件、31歳の女性を発見したのは兄であり、母親は体を壊して入院していると伝えられている。

生活保護制度は餓死者を救えない

ここで問題視されるべきなのは生活保護制度で俗に言う、2親等の扶養の義務が足かせになっているとしか思えない。家族が健在で、収入がある世帯があればそこにヲ頭を下げてでも食わしてもらえという精度が日本の生活保護の大前提の条件なのだ。
この時点で生活保護を受ける水準の人が最低賃金やサービス残業で実際の労働基準法の定める最低賃金以下の時給で労働して苦渋を飲んでいる面は大きいだろう。

セーフラインの生活保護が受けられない

若いから生活保護受けられないということは多々ある。
最低限度の文明的な生活を保障するはずの法律のはずが、実際市役所などに困窮して相談したことがあったものの、大抵応急小口資金(返済義務あり、期間を超えると利息有り)の督促が始まる。
生きるか死ぬかまでもらえない生活保護?(自民党の片山さつき議員の発言から)
仕事にありつけないと、就職活動する金も食事にもありつけない。
寝る場所すら失うので路上生活になる。
社会復帰は遠のく。
これは若かろうと高齢だろうと変わりなく均等に訪れる。
逆に日雇いアルバイト的なものは、
募集自体は、それなりに見かけるものの、勤務地がかなり不便だったり、毎日仕事があるわけでもなく、携帯電話がなかったりすると業務に尽きにくい部分もあったりで、非常にタイトなことが現実だ。

若い⇒働けるという糞概念

普通に考えたら仕事に就けないことが問題のはずが、『若い』というだけで、割りと蔑ろにされている。
ネットカフェ難民と呼ばれる人達が2000年代以降増えて
2012年度には密集して暮らしている住居が建築法の問題で取りざたされていたが、
社会的弱者が、本当蔑ろにされているのが日本の現状だ。
これらは、ある種の人権侵害だと思うのだが、政治家は弱者は見ずに大企業の顔色を伺う弱肉強食の面が強い。
法律や社会はどうも直接関係が無いことだと関わろうとはしないらしい。
政治などでは、誰も真剣にこの若者の貧困に向き合っているようには感じられない。

餓死者が後を絶たない

過去(2007年頃の報道)でも生活保護を打ち切られた跡に北九州あたりで、50代くらいの男性が「おにぎり食べたい」と日記残して餓死していた事があったはずだ。片方では高齢者の孤独死があったりはするものの、少子高齢化は今後さらに酷くなるので今後この手の問題は対策しないと無駄に若い世代が減る気がしてなら無い。
現状、無人島で暮らしていて餓死したのとは異なり、町に住んでいて数十メートル先には人が住んで生活しているような都市部でも餓死が起きるのがどうも釈然としない部分がある。どうも已む無く死に至る人を見過ごしている時点で人権のありようとしては、狂っている気がしてならない。

働いても地獄

ただし働いているサラリーマンなども、社蓄に例えられるように、
『サービス残業』や、『ブラック企業』『過労死』といった単語が山ほどあるので
働けても・働けなくても、実に被害を被っている労働者世代は多く感じる。

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