日本政府は『子どもを厳しく「飼い馴らす」必要がある』としているらしいが、この国の政治は、ちょっとぶっ飛んでいるとしか思えない。
問題があるページは”http://www.kantei.go.jp/”の首相官邸のサイトにあるページだ。
問題の箇所は『大人や行政が主体となって家庭、学校、地域で取り組むべきこと』の表の中にある。

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問題点

行政 1.子どもへの方策
子どもを厳しく「飼い馴らす」必要があることを国民にアピールして覚悟してもらう 
http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/1bunkakai/dai4/1-4siryou1.html

(赤線は当方が追記)
子供を飼い馴らすという表現は人道的だとは到底考えにくいがどういうことなのだろうか?

『子どもを厳しく』ということは百歩譲っても、道理に背いていなければ理解は出来る。
だが次の文言はきわめて狂気じみている
『「飼い馴らす」必要があることを』子供を人(対等)には考えていないとしか感じられない。
『国民にアピールして覚悟してもらう 』覚悟って何のことだよという感じしか受け取れない。或いは、一度これに踏み切ったら、政治が全ての権限において子供の人権を踏みにじるかの用では無いのでなかろうかと。政治の思惑で一つの加減で左右してしまいかねない。
他にも、該当のページではキナクサイことが書いている。
『一定レベルの家庭教育がなされていない子どもの就学を保留扱いする 』これは義務教育なども受けさせないという事なのか?或いは、一定の年齢にたってしていても学習の機会を平等に与えられないかどうかという根底が引っかかる要素ではある。

バーチャル・リアリティは悪であるということをハッキリと言う』というのはインターネットを否定しかねない思想だ。バーチャルリアリティーという事をゲームなどを例えにとった事例かもしれないが、現在のVRということであれば、シュミレーションだとか、技術的な面でも『悪』だとして切り捨てるには、到底無理があるテーマだったりする。

他にも若干異様な文言が並んでいる。

2013年の時点で、ただでさえ日本は、女性の人権等が保護されていないということ等で国連から是正の指示出されている日本なのに、子供の権利を脅かすかのような政策は今後国内における国民の”人権”が退化していきそうな自民党政権の姿だ。

追記

該当のページに日付は無く、上位のディレクトリには別の日付が入ったページが存在したがそこでは日付が平成12年となっている。

教育改革国民会議報告
-教育を変える17の提案-(平成12年12月22日)
http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/index.html

http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/1bunkakai/dai4/1-4siryou.html
当時の国会は、森内閣時代だとのこと。
平成12年7月7日(金)
午後4時00分~6時00分
東海大学校友会館

もしも10年以上前の物だったとしても首相官邸のサイトで掲載しておく内容なのだろうか?
ニュース記事などでも古くなった記事は削除されるのに、総理大臣や政党が入れ替わるサイトである首相官邸のページが何年間も同じデータを保存していることにどれ程の意味があるのだろうか?
国家としての記録であれば他のURLで保存しておけばよさそうなものだと思うのだが悪いことだとは一切思っていないとしか考えられない。

上記の問題がありそうなページがいつのものなのかは確定的な要素は無いが、こういう思考が現在の政治的なもので無くとも、国としてこういう方針や意思があるとしか思えなくもない。平成12年当時も与党は、自民党なので何かしら兼ね合いはあるだろうし自民党が『子どもを厳しく「飼い馴らす」必要がある』といったことを話し合っていることは揺らがない。当時の総理大臣が誰だろうと教育機構も当時とまるっと変わっているわけではないので不安材料としては残るだろう。

学校の教育現場での体罰は事件化する事例は減らないし、
いじめ自殺もなくならない日本の教育って果たして何処を目指しているのか理解できない。

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