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思い通りにいかないのも、旅のうち。
今回は、仕事で人に会う用事がふたつあった。
打ち合わせというより、“ちゃんと顔を合わせること”のほうが大事な気がしていた。
そんな一日を終えて、夕方。
ちょっとだけ、淋しいような気持ちを抱えて、阿武隈急行線に乗り込む。
列車は、少しだけ混んでいた。
帰宅ラッシュってほどじゃないけれど、それなりに人はいた。
仕事帰りの会社員、部活帰りの学生、年季の入った通学バッグ。
みんなの日常が乗っている電車に、自分だけが“非日常”の空気をまとって乗っている気がした。
福島駅で新幹線に乗り換える前、
「そうだ、あそこの立ち食いそば、食べていこう!」と決めていた。
だけど──店の前に着いたのは18時ちょうど。
シャッターがガラガラと閉まる音。
……早すぎないかい?
でもまあ、そういうのも含めて、旅だと思う。
思い通りにいかないことがあるからこそ、
あとで思い出したとき、じんわり心に残る。

なんでもないようで、ちょっとだけ気持ちが動く瞬間。
行く先が決まっているのに、なぜか旅っぽい。
窓際の席に、知らない人が座っていた。
さて、新幹線に乗り込む。
あらかじめ予約していた窓際の席を目指して歩く。
よし、ここだ──と思ったら、
あれ? 誰か、座ってる。
ぼく「あっ」
女性「あっ」
──ふたり同時に声が出た。
知らない女性は、少し照れたような顔で「すみません」と言って、
いそいそと席を立ってくれた。
うん、大丈夫。こっちも何も怒ってないし、むしろ、ちょっとおもしろい。
だけど、さっきの立ち食いそばの件といい、
この“指定席にすでに人がいる”件といい、
なんだか今日は、旅の始まりにしては少しつまづいてるような気がした。
でもまあ、いい。
旅っていうのは、こういう引っかかりがあるから、あとでじんわり記憶に残るんだ。
そういうことにしておこう。
東京駅に到着。
なんというか、さすが東京。
空気が、違う。
エネルギーの密度が、ひと駅ごとに変わっていく感じがする。
あたりまえのように光っている高層ビル。
誰かの終電であり、誰かの始発でもある駅。
ぼくは、その“どちらでもない時間”を歩いている。
サンライズ瀬戸まで少し時間があるから、改札を出て外に出る。
ライトアップされた東京駅の駅舎。
どっしりと、でもどこか優しく、夜の街を見守っていた。
その横で、パトカーが止まり、警察官が数人。
外国人カップルらしきふたりと、なにやら静かに言葉を交わしている。
何があったのかは、わからない。
でも東京の夜には、こういう小さな“気配”がいくつもある。
そのひとつひとつが、この街の体温みたいなものかもしれない。

誰かがつくった光じゃなくて、時間がつくった光。

誰もがつい足を止めて、しばらく黙ってしまう天井。
サンライズ瀬戸に乗り込む。
東京駅のホーム。
いよいよ、サンライズ瀬戸に乗り込む時間だ。
何度乗っても、ちょっとした特別感があるこの列車。
今回も、ソロ個室を予約しておいた。
せっかくの夜行列車。ひとりの空間で、ゆっくり揺られたくて。
乗ってすぐ、靴を脱いで、ゴロンと横になる。
あぁ……これはこれで、すごくいい。
窓の外を見れば、まだ帰宅ラッシュの人たちが歩いている。
仕事帰りのスーツ姿の人が、足早にホームを移動している。
その光景を見ながら、先にくつろいでしまっている自分が、
なんだか申し訳ないような、ちょっとだけ得したような、
そんな気持ちで、発車の時を迎える。
静かに動き出す列車。
ガタンという揺れとともに、東京の夜が、少しずつ遠ざかっていく。

くっきりじゃないけど、ちゃんとそこにあった。
サンライズ瀬戸での過ごし方
ぼくは、ソロ個室で横になっていた。
ほんのり明かりを落として、本を読んだり、窓の外の夜景をただ眺めたり。
東京の光が、少しずつ、遠ざかっていく。
でも、まだひとつ“イベント”が残っていた。
それが終われば、いよいよ本当の自由時間。
──コンコン。
静かなノックの音。
来た。車掌さんのきっぷチェックだ。
ドアを開けて、2枚のきっぷを手渡す。
乗車券が1枚。
特急券と寝台券がセットになったものが1枚。
車掌さんは慣れた手つきで確認して、
「ありがとうございましたー」と、きちんとした声で言ってくれた。
それだけ。だけど、それで十分だった。
必要なやり取りだけが、短く、丁寧に交わされる。
それが、この列車の“ふつう”なんだと思う。
ドアが閉まり、またひとりの静けさが戻ってくる。
ようやく、完全にぼくの時間。
旅の夜が、深く、ゆっくりと流れていく。

誰にも気をつかわず、ただ“自分だけの時間”が流れていく。
サンライズ瀬戸の寝間着
ソロ個室のベッドの上に、たたまれた寝間着。
青と白のストライプが、なぜかとても“清潔な旅”って感じがする。
サンライズには何度も乗っているけど、この寝間着を使ったことは一度もない。
車内で、これを着て歩いている人を見かけたこともない。
じゃあ、みんな使ってないのか?
それとも、個室の中だけで、ひっそりと着ているのか?
そんなことをぼんやり考えながら、
寝間着には手をつけず、ブランケットを肩までかけて、
ぼくは、ゆっくりと眠りにつく。
列車の音が、少し遠くに感じた。

もしかして“幻の制服”なのかもしれない。
サンライズ瀬戸の朝は、静かに始まる。
朝5時ごろ、ぼくは目を覚ました。
窓の外は、少しずつ明るくなってきていて、
夜と朝が、ちょうど入れ替わるころだった。
今回の朝ごはんは、アンパンとコーヒー。
個室にこもって、音も立てずにかじる。
列車のリズムが、朝食のBGMみたいだった。
外の景色には、ぽつりぽつりと人の姿。
最初は、早朝の散歩をしている人たち。
それが、時間とともに通勤の会社員に変わり、
しだいに、通学の学生も混じってくる。
あぁ、それぞれの人生を生きているなぁ、と思った。
ただ車窓から眺めているだけなのに、
その背中に、いくつもの物語が浮かんでくる気がした。
そして、瀬戸大橋。
瀬戸内海が広がっていた。
今日は少し靄がかかっていて、
海も島も、すこし輪郭がぼやけていたけれど、
それがかえって幻想的だった。
瀬戸内海に靄がかかっていた。晴れてなくても、きれいなものは、きれいだった。

瀬戸内の海風を、ずっと吸い込んできた建物。
いよいよ、高松に近づいていく。
4年間暮らした街。
見慣れた景色が、少しずつ近づいてくるのがうれしかった。
高松駅に到着。
朝の空気は、ひんやりしていて、とても気持ちがいい。
これから、自宅へ向かう。
妻は仕事へ出かける前。まだ家にいるだろう。
アビ蔵は、いつも通り家にいる。
玄関の音を聞いたら、すぐに飛んできて、
あの“いつもの歓迎”をしてくれるに違いない。
そんな風景を想像しながら、ぼくは静かに歩き出す。
おかえり
久しぶりの高松の空気を吸いながら、
玄関のドアを開けるその瞬間まで、
旅は、まだつづいているような気がしていた。
アビ蔵が、どんな顔で迎えてくれるか。妻がどんな言葉をかけてくれるか。
それを思い浮かべただけで、
なんだか心の奥が、ぽっとあたたかくなった。
──旅は終わる。
でも、“帰ってきた”という実感がじんわりとしみてきて、
それもまた、旅の一部だったと思う。
また、日常がはじまる。
ぼくの、ふだんの暮らしが。
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